池田町発祥の地から郷土資料館まで。 歴史の専門家と巡る、地域のルーツを探る旅|3年次選択・時事問題研究
6月3日 午前
本校において、池田町の知られざる歴史とルーツを紐解く校外学習が行われました。
今回は、浦幌町立博物館の学芸員・持田誠氏、浦幌町地域プロジェクトマネージャー・宮寺由佳氏、そして郷土資料館の武川氏という強力な専門家チームに解説をいただき、大変贅沢で学びの深い一日となりました。
◎第一部:町の「はじまり」を歩く――発祥の地碑と利別駅
まず生徒たちが向かったのは、利別川沿いにある「池田町発祥の地碑」です。
歴史は「裏面」にあり!開拓の息吹を感じる石碑見学
利別川沿いから入植と開拓が進められていった池田町。十勝川と利別川が合流する「利別太」と呼ばれるこの地に、最初の役場が置かれ、かつての旧市街地が形成されていきました。
明治39年に「凋寒村」として始まり、大正2年には「川合村」へ、そして大正15年の町制施行とともに現在の「池田町」へと名前を変えていった歩みを学びました。
案内役の持田さんから「実は、大事なことは石碑の裏面に書いてあるんですよ」と声をかけられ、全員で裏へ回り込むと、そこには池田町の歴史が刻まれており、生徒たちは興味深そうに見入っていました。
利別駅ホームから見上げる、フンベ山と戦争の記憶
続いて、一行は利別駅へと移動し、普段はなかなか立ち入ることのないホームへ。
ホームの向こうにそびえるのは、アイヌ語で「クジラ」を意味する「フンベ山」。緑豊かな美しい低山ですが、かつてその麓には線路が走り、軍用機施設が存在していました。
敵国からの空襲を避けるため、汽車を木の葉で覆い隠しながら、軍事施設の部品を隠密に搬入していたという過去を知り、生徒たちは身近な風景の中に眠る戦争の記憶に、静かに聞き入っていました。
(道中、時間の都合上、車窓から「開拓記念碑」を見学しながら、次の目的地へ向かいました)
◎第二部:池田町郷土資料館――暮らしと歩み、人々の息遣いに触れる
後半は、池田町郷土資料館へと場所を移し、同館の武川さんの案内のもと、館内に眠る貴重な資料を見学しました。説明してくださったタケカワさんも実は本校(池田高校)の卒業生。「昔は1学年4クラスもあったんだよ」という大先輩の言葉に、生徒たちからは驚きの声が上がりました。
懐かしさと驚きが交差する「ガイダンス展示室」
入口の地図で改めて町名の変遷を確認した後、かつて千代田えん堤付近で行われていた活気ある「アキアジ漁」や祭りの歴史を学びました。
先史時代から現代に至るパネル展示エリアでは、かつてこの地域にあった小中学校の廃校の歴史を示す展示もあり、生徒からは「あぁ、悲しいな……」と、母校や地域を想う寂しげな声も漏れていました。
その一方で、ニュースポーツ「ペタンク」の展示を見つけると、「これ、昔やったことある!」と嬉しそうに盛り上がる場面もありました。
専門分野ごとに地域の歩みを深掘りする「各収蔵室」
農業収蔵室: 開拓期から昭和にかけて使われた農機具や、欠かせないパートナーだった馬具が並びます。かつて池田町で稲作が盛んに行われていた意外な事実に、生徒たちは新鮮な驚きを感じていました。
鉄道収蔵室: 運行を終えた「ふるさと銀河線」の駅名看板や、国鉄時代のきらびやかな機関士の帽子、制服などがずらり。「全国から鉄道ファンが集まる場所」という説明に納得の表情を浮かべていました。
自然収蔵室: 周辺で捕獲された動物の剥製(はくせい)や昆虫の標本を観察。特に巨大なヒグマの剥製を前にした生徒は、「さすがに熊には勝てないわ……」と、その迫力に圧倒された様子でぽつり。
戦時・教育収蔵室: 国防服や軍服、勲章など、戦前から戦後にかけた貴重な資料を見学。展示されていた「教育勅語」には、同行していた引率の先生も思わず熱心に見入る一幕もありました。明治以降の古い教科書や教材からも、先輩たちの学びの跡を感じることができました。
見学の最後、ロビーにて全員で本日お世話になった講師の皆様へ、感謝を込めてお礼の挨拶を述べました。
終了後には、同行していた北海道新聞社の記者からインタビューを受ける生徒の姿もあり、少し緊張しながらも誇らしげに応じる様子がとても微笑ましく印象的でした。
自分たちが毎日暮らしているこの町が、どのような人々の手によって切り拓かれ、守られてきたのか。
歴史の教科書には載っていない「生きた地域の物語」に直接触れた今日の体験は、生徒たちにとって、これからの探究学習や地域への愛着をさらに深めるための、かけがえのない道標となったはずです。